東レ パン・パシフィック・オープン
Toray Pan Pacific Open Tennis

本戦4日目 1991/2/1(金)  戻る トップへ


こんなに前(13年前かな?)のレポート書けるんだろうか?とかなり心配です。
書き始めの今は、はっきり言ってどうなるのか、全く分かりません。
まあ、書いてるうちに思い出してくるでしょう。
(楽観的すぎ?(笑))
と言うわけでレポートに行きたいと思います。


◇最初の写真ですが、これってたぶん予選だと思います。
 (たぶん2日目。)
 予選のドローが見つからないので、正確には分かりませんが。
 2段目の写真の小泉幸枝さんを見たのは、何となくですが覚えてるんですよね。
 彼女はラッキルーザーで本戦に上がってますね。
 今までは本戦しか見に行ったことなかったはずですが、初めての予選だったというのも有りそうです。
 やっぱり雰囲気が違いますよね。
 最初の段は、宮内美澄ちゃんでしょうかね?
 今のGAORAで見る彼女は、ちゃんづけできないぐらい大人の魅力たっぷりですが、当時は可愛い感じでしたよ。
 でも、違ってたらどうしよう・・・(笑)


◇練習中のシュテフィです。
 これも予選2日目でしょうかね。
 予選を見に行くと、思わぬラッキーが有ります。
 この時も、こんなに間近で見れるってワクワクしてたはずです(笑)


◆Mary Joe Fernandez (USA) [4] def. 宮城ナナ (JPN) 6-2 6-0

ここから2月1日分です。
少しづつ思い出してきました。
ナナちゃんがBEST8に進んだ年ですね、この年は。
ドローを見返すと、この年は1回戦で伊達vs沢松のエース対決が有りました。
その試合に勝った伊達ックを、ナナちゃんがストレート(7-5 6-1)で破ってますね。
そっちも見たかったなー。
この日の試合は、ナナちゃんの良いところがほとんど出なかったような試合だったと思います。
メアリージョーの上手さにしてやられたって感じでしょうか。
まずは試合の写真です。
ナナちゃんばっかり撮ってますねー(笑)
メアリジョーは遠目の1枚だけでした。

◇試合後です。
 涼しい顔のメアリージョーに対して、悔しさ一杯で憮然とした表情のナナちゃん。
 とても対象的です・・・。


◆Gabriela Sabatini (ARG) [5] def. Steffi Graf (GER) [1] 4-6 6-4 7-6(6)

この日の試合で、一番覚えてるのはこれですね。
と言うか細部は忘れても、こういう試合が有ったって事は一生覚えてそうです。
(大げさ過ぎかな?(笑))
でも、タイブレイクのスコアが分からない・・・。
一番重要なところなのに。
(注:後に確認。)
試合の方は、1・2セットを分け合いましたが、両セットとも迫力充分で飽きさせない展開だったと思います。
そして運命のファイナルセット!!
サービスブレイクが有ったか、オールキープか、までは忘れましたが、確かシュテフィが優勢だったように思いますね。
ガビーの方も、それでも離されずに着いていきます。
(逆だったらゴメンナサイ。)
そして、これが本当の運命のファイナルセットのタイブレイク!!!
シュテフィが優勢だったのは、もしかしたら、タイブレイクに入ったこっちかもしれないです。
そんな感じながらも、もつれながらタイブレイクの終盤に向かいます。
ここで試合のキーポイントとなるミスジャッジが起こります。
まあ、でもはっきり言ってミスジャッジだったのか、分かりません。
少なくとも、シュテフィはそう思ってました。
レイトコールだったのかな?
確か、シュテフィが打ったボールがアウトと判定されたんですよね?
一回、青BBSでMさん(でしたよね?)に指摘されたんですが、また忘れてしまいました(笑)
決まった直後には拍手が起きて、シュテフィはたぶん聞こえなかったんだと思います。
もうポイントが決まったと思ってたから、次のポイントに入ろうとしてたし。
そこで、主審のポイントコールを聞いて、違うと言いにいったんだったけなー?
シュテフィは、ラインジャッジにも確認してましたが、判定はくつがえりませんでした。
これは、クレイコートじゃないから仕方ないでしょうね。
何とか気持ちを奮い起たせて次のポイントに向かいましたが、わずかの差で敗れました。
シュテフィは主審とは握手をせず、一旦帰りかけましたが、戻ってきてガビーとは握手をしました。
前週の全豪オープンではQFで敗れ、東京には予選の日から来て調整してましたが、またしてもQFで敗れました。
常勝の彼女からしたら、信じられない屈辱だったでしょうね。
しかも、ミスジャッジのせいだったなんて。
一応ですが、シュテフィがミスジャッジと思ってただけで、俺はどっちだか分からないのでミスジャッジとは思ってませんよ。
まあ、時代が大きく変わりつつある時期だったんだと思います。
最大のライバルであろうモニカも出てきていたし、数年後はアランチャも大きな脅威になっていきます。
そして、年齢が近いことも有って、当時はガビーが一番のライバルと思われていました。
(いや、そう思われてたのは、もうちょっと前かな?)
でも、それまでは直接対決でもほとんどシュテフィが勝ってたと思います。
そのガビーに、この年を含んだ数年間は1勝11敗ぐらいの成績だったと思います。
これは、「逆転の構図」というタイトルでテニス雑誌に載ってたのでよく覚えてます。
勝ったのはウィンブルドンの決勝でファイナル8-6(だったような?)で勝った時だけで、あとは連敗してたはずです。
その後のガビーは、2大会連続で優勝すればNo.1という時期が有ったと思います。
そこで勝ちきれなかったわけですが、彼女については、メアリージョーに6-1、5-1から負けた試合があまりに印象深いです。
この後、絶不調に陥ったんじゃなかったけなー?
同じような負け方は、その後にもう1度有ったと記憶してます。
しかも、またメアリージョーに・・・。
その後はモニカの事件が有り、常に2番手、3番手だったアランチャが、大きく頭角を現してくることになります。
いやいや、こういう話をしてると、いつになっても終りそうに有りません(笑)
とりあえず、この辺で終わりにしますね。 


◆Martina Navratilova (USA) [3] def. Robin White (USA) 6-2 6-3

前の試合があまりに熱の入った試合だったので、はっきり言ってこれはよく覚えていません(笑)
でも、最近(2004年)ではほとんどない、お互いにサーブ&ボレーを主体とした試合だったことは想像が付きます。
ロビンはダブルスの方が成績が良かったんじゃないかな?
そしてマルチナですが、彼女は自分と同じタイプのプレイヤーには強かったですねー。
パム、ジナ、ヤナなど時代を共にしたサーブ&ボレーヤーは、ことごとくマルチナに負け越してるはずです。
まあ、S&Vじゃなくても負け越してる選手のが多いですが・・・。
でも、違うタイプのプレイヤーのほうがマルチナは嫌だったとは思います。
これは、前年(90年)のウィンブルドンに優勝した時の印象が強いせいも有りそうです。
決勝はジナとの対戦でしたが、彼女がモニカ、シュテフィという超難敵を破ってくれたのがとても大きいと思います。
この当時のマルチナは、彼女達にはあまり勝ててなかったはずだしね。
ジナは、この準優勝で初めてスポンサーが付いたんですよね。
これ聞いた時は驚きましたよ。
だって、ジナは既にずーとTOP10プレイヤーだったし、そんな選手にスポンサーが付いてないなんて信じられませんでした。
彼女が黒人だったっていうのも有るんでしょうかね。
この辺は当時のアメリカの事情は分からないので、何とも言えないのですが。
まあ、そんな話はともかく、ストレートでマルチナが勝ってSFに進みました。


◆Laura Gildemeister (PER) [7] def. Kathy Rinaldi (USA) 5-7 6-4 6-3

これは、スコアから見るとかなり拮抗した試合だったようですね。
この当時は、キャシーが以前はTOP10プレイヤーだったとは知りませんでした。
なので、写真もあまり撮っていません。
この当時は何位ぐらいだったんだろう?
少なくとも30位以下だったと思いますね。
対するローラは、ママさんプレイヤーのイメージが強いです。
彼女の旧姓はアラヤと言って、少し前までは旧姓でプレイしていたようです。
これも後から知ったんですけどね。
リアルタイムでは、ギルデマイスターになってからしか知りません。
プレイスタイルは、今のプレイヤーで言えばジェニファーやエイミーのような感じでしたね。
今って言っても、当時もこの2人はプレイヤーでしたけど(笑)
ドライブ系(フラットに近いかも)のフォアハンドで押してくタイプですね。
彼女はバックハンドが独特で、両手打ちなのにあまり腰の回転を使わないタイプだったと思います。
ちょっとリーゼルのような感じでしょうかね。
つまり、バックハンドが苦手だったんだと思いますね(笑)
それでも、気迫あふれるプレイでTOP20に入っていました。
彼女の最大の魅力は、この気迫あふれるプレイでしたね。
あまりボールの回転を使わないストロークで押してくタイプなので、スタイル的には単調な試合なんですよ。
でも、彼女の試合は好きでした。
なので、彼女の試合の生観戦時は、いつも写真をたくさん撮ってました。


◆Rachel McQuillan/Natasha Zvereva (AUS/BLR) [4] def. Sandy Collins/Peanut Louie Harper (USA/USA) 6-2 7-6(5)

この試合は全く記憶に有りませんね。
シングルスの4試合が濃すぎる試合ばっかりで、そっちばっかり印象が強いんだと思いますね(笑)
写真は、何故かナターシャしか撮ってません。
レイチェル&ナターシャはドローの位置的にはシードのはずですが、東レのHPにはシード順まで載ってないので分かりません。
なので、一応[?]にして有ります。
(注:後でWTAのHPで確認しました。第4シードでした。)
ナターシャの国籍ですが、当時はたぶんソ連ですよねー。
ソ連のつづりって何だったんだろうか?
4文字だとUSSRでしたが、3文字はURSだったかな?
ちょっと分からないので、今の国籍にしています。
USSRの後は、確かCISとかって有りましたよね?
CISじゃアメリカか(笑)
何とか共同体って言ったアレです。
調べれば分かりますが、そこまでする必要性を感じないのでそのままにします(笑)
相手のピーナッツ・ルーイは覚えてますが、コリンズはどういう選手だったんだろう?
名前は覚えてますが、どういう感じの選手だったか、ちょっと覚えてません。
これもタイブレイクのスコアが分かりませんね。
東レのHPもタイブレイクのスコアまで載せてくれれば良いんですけどね。
(注:後でWTAのHPで確認。)


こんな感じで本戦4日目は終了です。
この日は見に行ってホントに良かったです。
たぶん、休んで見に行ったんだと思います。
歴史的な試合(ガビー対シュテフィ)が見れたし、その他の試合も見どころ一杯でした。
思い出話が主になってますけど、詳細はともかく、試合の場面場面は結構浮かんできました。
この当時は、今と違ってテニス観戦に夢中になってたんでしょうね。
いや、今もそうなんですが、今は生活の一部というか(笑)あまり緊張感までは無いかもしれないです。
当時は会場に着くと同時に心臓バクバクで、食い入るように試合を見てた感じですかねー(笑)
色々思い出して懐かしかったですね。


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